おニャン子クラブの幻のエースは誰?喫煙でクビの友田麻美子の現在はカバンデザイナー!


友田麻美子

出典:http://kimamana-topic.com

6月3日に放送された「爆報THEフライデー」に元おニャン子クラブの友田麻美子さんが出演していましたね。

友田麻美子さんと言えば、おニャン子クラブ結成から間もないころに週刊文春が報じた喫煙騒動によって解雇となったメンバーのうちの1人です。

こんなころから大活躍な文春に驚きではありますが、この友田麻美子さんは「おニャン子クラブの幻のエース」と噂されています。

そんな友田麻美子さんですが、現在はバッグデザイナーとして活躍されているということです。

しかもかなりの受注数がある人気ブランドとなり、まさにカリスマデザイナーと言えそうですよ。

ということで今回は

おニャン子クラブの幻のエースは誰?

友田麻美子が解雇された喫煙騒動とは?

友田麻美子の現在はカバンデザイナー?

をテーマに検証していきます。

それでは早速見ていきましょう。

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おニャン子クラブの幻のエースは誰?

おニャン子クラブの幻のエースですが、結論から言うと

友田麻美子さん

と言われています。

友田麻美子さんを始めとする6人のメンバーは「喫煙組」と言われ、おニャン子ファンの間ではタブーとされているそうですよ。

おニャン子クラブ結成からわずかな期間での出来事でしたので、当時はコアなファンでなければ知らない方も多かったようです。

おニャン子クラブのエースと言えば新田恵利さんですよね?

それぞれ推しメンがいるとは思いますが、一般的には新田恵利さんがおニャン子のエースと言われています。

この喫煙騒動の前には新田恵利さんと並んでセンターを務めていたのが友田麻美子さんだったそうです。

コアなファンの間ではこの解雇が無ければ、おニャン子のエースは友田麻美子さんだったという意見が強いんですね。

確かに新田恵利さんと並んでセンター扱いだったということから、解雇されていなければかなりの人気があったことは予想できますね。

未成年の喫煙ということで弁明の余地はないのですが、まさに「幻のエース」と言って良さそうです。

そんなおニャン子クラブの喫煙騒動ですが、一体どんな事件だったのでしょうか?

友田麻美子が解雇された喫煙騒動とは?

友田麻美子さんが解雇された喫煙騒動ですが、結論から言うと

未成年の喫煙事件

ですね。

現在でも未成年の喫煙により解雇や謹慎と言う話は時々ありますが、当然ですが昔から存在しているんですよね。

この喫煙騒動を報じたのは今や「文春砲」として話題の文春なんです。

当時の喫煙事件をまとめますと、

1985年4月1日より、フジテレビで『夕やけニャンニャン』が放送を開始した。

(中略)

そして、放送開始からわずか2週間ばかり過ぎた頃、週刊誌『週刊文春』に会員番号1番奥田美香、2番榎田道子、3番吉野佳代子、6番樹原亜紀、7番友田麻美子、10番佐藤真由美の6名(全員当時20歳未満)がその日の生番組放送終了後にフジテレビからほど近い新宿区内の喫茶店で喫煙しているところを写真に撮られてグラビア面でスクープされ、それが発覚した4月18日より番組から姿を消し、当該記事が掲載された4月25日の週刊文春の発売に合わせて、正式に「おニャン子クラブ」を解雇される。

番組開始からわずか3週間弱で姿を消した彼女らは「喫煙組」とも呼ばれている。

だが、6番の樹原だけは、写真にしっかり写っていたにもかかわらず数日後番組に復帰しており、なぜお咎めなしだったのか、現在でも不明のままである。

逆に10番の佐藤は、写真に写っているのがスカートだけで、顔自体は写っていなかった。

このスキャンダルは、フジテレビ側の早急かつ厳正な対応とともに『夕やけニャンニャン』とおニャン子クラブが当時まだ無名に近かったのが幸いして、それほど騒がれずに、番組にとっても深傷になることも無く終息していったが、「喫煙組」の存在はタブー扱いをされることとなる。

なお、この不祥事の直後に出したデビュー曲「セーラー服を脱がさないで」でおニャン子クラブが大人気となり、それにともなって『夕やけニャンニャン』もローカル番組の枠を越えて全国ネット規模へと放送地域を拡大していった。

その後、喫煙組の復帰企画も上がったものの、結局実現することは無く、現在では5名全員が芸能界と完全に断絶している模様。

また、3番の吉野、10番の佐藤の現在の消息は後の各種マスコミの調査でも解らず不明となっている。

出典:https://ja.wikipedia.org

となっているんですね。

友田麻美子さんを含む6人が喫煙事件を起こし、5人が解雇、1人が謹慎となった事件です。

ちなみにその時の画像がコチラです。

その後の彼女らと言いますと、会員番号1番の奥田美香さんは現在プロダクション社長になっていると言われています。

会員番号2番の榎田道子さんは一般人として栃木県の会社に就職したことが確認されているようです。

3番の吉野佳代子さんと10番の佐藤真由美さんは現在まで確認が取れていないようで、恐らく一般人として生活していると思われるものの消息が確認出来ていないとのことですね。

そして会員番号7番の友田麻美子さんは現在バッグデザイナーとして活動しているようです。

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友田麻美子の現在はカバンデザイナー?

友田麻美子さんの現在ですが、結論から言うと

カバンのデザイナー

ですね。

喫煙事件によりおニャン子クラブを解雇された友田麻美子さんは企業に就職せずに、イベントコンパニオンなどの活動をしていたようです。

その後は独学でデザインを勉強し、30歳の時に手縫いのバッグを製作し始めたそうですね。

当初はそれほど売れなかったようですが、情報誌の片隅に掲載されたことをきっかけに注文が殺到するようになったとのことです。

おニャン子クラブ創設メンバーの6人が新宿の喫茶店で喫煙しているところを週刊文春が激写。

その後の報道で、当事17歳の友田さんを含む5人がグループを追われることになった。

当時、友田さんはカッコよくタバコを吸うことが“大人の女”と勘違い。

“事件”の夜は「吸っていました」と喫煙を認め、文春記者に写真を撮られた時は「まず一瞬頭が白くなって固まった。ギョッとしたし。『しまった』というか。すぐには(事態が)理解できなかったですね」と振り返った。

「アイドルになりたい人が多かったので『もう、これで終わり』『夢が絶たれた』みたいな感じ。このことがなければ、私も楽しくコンサートをできたいたんだろうなとは思いました。残念ではありますね」と当時の心境を吐露した。

グループを追われた後は定職には就かず、イベントコンパニオンなどをした。

24歳の時には婚約解消の憂き目に遭った。

その後、独学でデザインを学び、30歳の頃から手縫いのバッグを制作。

わずかな生活費を稼いでいたが、情報誌の片隅に掲載されたバッグの写真をきっかけに口コミで広がり、注文が殺到。

カリスマモデル・黒田知永子が持つまでになり、友田さんは一躍、人気デザイナーになった。

出典:http://www.sponichi.co.jp

おニャン子クラブを解雇されたあとは相当落ち込み、自分のことを責めたでしょうね。

その後もイベントコンパニオンとして活動したり、婚約解消があったりと上手くいかない人生を頑張り続けた結果、現在の人気デザイナーがあるのではないでしょうか?

おニャン子のエースとして活躍したであろう見れなかった未来と、デザイナーとして成功した現在と、どちらが望んだ結果だったのかはわかりませんが、「あの頃があって今がある」と本人が言えるようになると良いなと思います。

まとめ

ということで今回の記事のまとめです。

おニャン子クラブの幻のエースは誰…友田麻美子!

友田麻美子が解雇された喫煙騒動とは…未成年の喫煙事件

友田麻美子の現在は…カバンの人気デザイナー!

人生の転機というのはどこにあるのかわからない、そんなことが言えるような今回の爆報フライデーでしたね。

そして人間はたとえ失敗したとしても、それを十分に取り返せる可能性があることを改めて教えてくれるような内容でした。

もちろん本人の人一倍の努力の結果ではありますが、バッグデザイナーとして活躍する友田麻美子さんの姿を見て安心した方も多いのではないでしょうか?

最後までお読み頂き、ありがとうございます。

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